ユリシーズ(1)

 ユリシーズと言ってもホメロスの作品のことではなく、セーヌ川の中の島、サン・ルイ島にある古書店の名前です。サン・ルイ島は旅行者が詰めかける夏の一時期を除けば非常に落ち着いて静かな場所で、ノートルダム寺院のあるシテ島からほんの少ししか離れていないのにと不思議に思うほどです。小さな橋をひとつ渡るだけなのですが。5月から9月くらいまで、この小さな橋の上で様々なミュージシャンが路上演奏するのに出会います。近くにあるコンセルヴァトワールの学生たちがやっていることも多く、なかなか見事な演奏を聴けることがあります。

 その橋を渡り、角のカフェをやり過ごしてしばらく細い通りを歩くと、右側に狭い古書店の入り口。この通りの両脇には、アンティークやユニークな小物を扱う店、ホテル、そして小ぶりなレストランが並んでいて、書店の入り口はすぐに見過ごしてしまいそうです。ユリシーズという名のこの店は、旅関係の本を専門に扱っています。以前、日本の雑誌で、ここの女主人とニコラ・ブーヴィエという作家についての記事を目に留めたことがありました。この作家についてはよく知らなかったのですが、店の奥から射るようなまなざしで客を値踏みしているエキセントリックな女主人のことは何となく印象にあります。

                         (この項続く)