サッラディーンの剣(1)

 シリアの首都ダマスカスの城壁のそばに、アラブの英雄サッラディーンの銅像があります。シリアを統一して十字軍を破り、エルサレムを奪還した人物ですが、マントを風にひるがえす馬上の姿は精悍そのもの。(もっとも、最近知ったことですが、イスラム世界でもシーア派スンニ派とではこの人物に対する評価も微妙に違うそうです)私の興味は彼の帯びている剣で、ダマスカス鋼で出来ているのだろうと想像するものの、実態は分かりません。

 ダマスカス鋼は刃物としての切れ味と、表面に現れる渦巻きのような縞模様(これは鍛接により作り出される)が特徴で、刀、ナイフとして作られてつとに有名です。非常に古い時代(古代インド)から作られたと伝えられていて、その製法の解明はロシアの学者により百年ほど前になされています。
 ダマスカス鋼の作り方を述べた紀元前9世紀の小アジアにあったバルガス神殿年代記の中に、「平原に上る太陽のごとく輝くまで熱し・・・」という記述があるそうです。これは焼き入れ処理のことを述べているわけですが、焼き入れに際し、鋼を熱する時の温度および冷却する時の温度は非常に重要で、温度計測が正確に出来なかった時代には様々な表現を用いています。前述の加熱温度の表現は、いかにもアナトリア高原のあたりの感じが良く出ています。製鉄の際、鋼を溶かすのに十分な高温を得ることは、古代では非常に困難を伴ったことは容易に想像出来ます。アナトリア地方では、春と秋の強い季節風をふいごの風として利用したと言われます。日本でもたたらでは季節風を利用するため、山の傾斜に炉を作ったそうですから、同じ考えですね。
                          (この項続く)