浦島の記憶(3)

 宇宙が誕生してまもなくの間に次々に元素が生成され、チタンなりニッケルなりが生まれてきたわけですが、チタンとニッケルが混ぜ合わさって合金になった状態で自然界に存在するわけではありませんから(記憶効果を発現するのはチタンとニッケルが等しい原子比に近い割合で混じり合った場合に限られます)、記憶合金は人為的に溶解・混合して作ることになります。様々な熱処理過程を経て作られたこの合金は、チタン原子とニッケル原子から成るある特定の原子配列(並び方)をしています。これに力を加えて曲げたりすると、別の配列(結晶構造)に変わりますが、温度を上げて熱のエネルギーを与えてやるとまた元の構造に戻ろうとします。これが元の形状に戻ろうとすることに相当します。ですからこの合金が記憶しているのは、原子配列(結晶構造)と言うことになるでしょう。
 記憶を引き出すきっかけになるものは、人間の場合ならマドレーヌ菓子のイメージであったり、昔の人の袖の香であったりと、五官あるいは脳内の感覚情報ですが、記憶合金の場合、記憶を発現するきっかけになっているのは温度(熱エネルギー)です。
                    (この項続く)