桜桃の季節(1)

 サクランボの季節、と言っても太宰ではなく、児童文学者の小沢正さんについてのことです。小沢さんが逝かれて一年が経ちました。小沢さんは「目を覚ませトラゴロウ」「のんびりこぶたとせかせかウサギ」「世界一きたないレストラン」などなど、幼年を対象にした童話の分野で大きな足跡を残されました。一見、小さな子供を対象にしているように見えますが、よく読むと凄味のある大きな世界を表現していることが感じられます。小さなお子さんをお持ちの方、お持ちだった方はどこかでこれらの作品に出会っているのではないでしょうか。
 縁あって小沢さんにお目にかかってから三十年近く、おつきあいをさせて頂きました。文学の話をするよりは、映画、演劇その他諸々の話をすることの方が遙かに多く、非常に広い範囲の事柄に興味を持たれて、座談の名手であったと(それほど多弁なわけではなく)思います。連句の手ほどきを受けて、古い旅館の一室を借りて句会を持ったことも多く、またこちらはつたないながら麻雀の卓を囲んだこともしばしばありました。麻雀に関しては小沢さんは旧・新日本文学会の猛者たちを相手に実戦を積んでこられたのですから、素人の私には実に冷や汗ものでしたが。
 昨年のお別れの会では、会場に「サクランボの実る頃」の曲が流されました。コラ・ボケールの歌ったこの曲が、小沢さんは好きだったと聞いています。パリ・コミューンの挫折を歌った内容ではなかったでしょうか。

    (この項続く)