歩く速さ(3)

 高いビルや塔の上から下の街を見下ろした時、下を歩いている人たちの姿がとても小さく豆粒のように見えることはよくあります。豆粒あるいは丸い粒が、一見何の規則性もなく動いているように見えるのは、細胞の中の分子や金属の中の原子の動きをちょっと想起させます。

 金属やセラミックスの様な材料中の原子の移動は、拡散と呼ばれる現象ですが、細胞の中でも同様でしょう。材料の中で原子は無秩序に動き回っています。その結果、結晶構造の変化などを起こしたりするわけです。私たちがこれらの材料の性質を都合良く変えたり出来るのは、温度の制御によってこの拡散現象をうまく利用しているからです。温度を上げてやれば原子は速く動きます。あたかも人間が急ぎ足で歩くようになるのと似ていますが、人の動きが全体として速くなるのは、一体何が関わっているのでしょうか。

 横光利一は「機械」の中で、「無機物内の微妙な有機的運動・・・」という表現をしていますが、これは拡散の現象を暗示しているように思えます。横光は父親が鉄道関係の技師であったようですけれど、自身が理系の素養を持っていたのかどうかは分かりません。「機械」の中では、町工場の様子を描いて、かなり専門的な用語が沢山出てきています。

     (この項続く)