マンガの受容

 バルセロナで「セーラームーン」の看板を見たのはもうずいぶん前のことだし、「クレヨンしんちゃん」のTシャツをやはりスペインの小さな男の子が着ているのを見たのも同じ頃でした。こんなところまでと驚いたのがウソのようで、現在ではヨーロッパで出会う若い人も、日本に来るヨーロッパの学生たちも、「ワンピース」「ナルト」やジブリのアニメのことを必ずと言っていいほど語ります。必ずというのは間違いで、ある種の若い人というほうが正確なのかもしれませんが、ただ確実にその割合は広がっていると感じます。
 以前は小さい子供の層だけのものであったのが、受容の年代を拡大してきたという印象です。同じように以前日本で過ごしていたヨーロッパの人でも、ある年代以上の人たちは全く受け付けていない、あんなものという感じ、ということも経験しました。マンガの受容の仕方がどこかで劇的に変わったのではないかと思われます。先ほどのスペインでの経験とほぼ同じ時期に、パリで「失われた時を求めて」のマンガ版(原作にほぼ忠実)を見たことがありますから、その頃から流れはあったのでしょうか。
 ラオスの南部の小さな町で、小学低学年の子供たちが「キティちゃん」のランドセルを嬉々として背負っているのを見て、いつか同じような受容の変動が起きるのか、あるいはもうすでに底流はあるのかと思ったりします。
 しかし、文化というものは輸出しようと思って輸出できるものなのかと考えます。官が絡んで行動をすると、どこかにいびつなものが生じるのではないかと。