アソーレス紀(2)

アソーレスに元々行きたかった理由は、イタリアのアントニオ・タブッキがこの島々を題材にした作品を出していて、前々から気にかかっていたから。「島とクジラと女をめぐる断片」(須賀敦子訳)。
1970年代はじめに航空機が初めて就航した?、あるいは空港が新しくなった?らしく、そのころにタブッキがやって来ています。ファイアル島の空港にはそのときの新空港の写真が40周年とかいうことで展示されていました。空港とはいっても田舎のバスの待合所のような感じで、飛行機が着いて降り立った旅客たちは、それぞれの迎えに来た車などであっという間にいなくなってしまいます。取り残されたこちらはぽつんと客待ちしていたタクシーでファイアルの港まで行くしかありません。
 ファイアルの港はごく小さな町で、レストランやカフェの数は少なく、夏のシーズンではたいていすぐに満員になってしまいます。特にタブッキが通い、作品の中にも登場するピーターズ・カフェは大人気で、クジラのネオン看板の下の店はショップも併設して大変な繁盛ぶりです。すいていそうな時間を当てにしていって、やっと入れる有様。
 外国の観光客ももちろんですが、地元ポルトカルの人たちも団体で大勢来ていて、昨今のこの国の経済危機などどこにあるのかと思うほどでした。確かに通りすがりの旅人に国の実情が簡単にわかるとは思いませんが。
 やはりタブッキが作品に書いたピム港はすぐ裏手の方角にあり、こちらは閑散として、白壁の家々が真昼の陽の下で眠っているような印象でした。かつてはクジラの陸揚げ場所として使われたらしい一角のすぐそばに、こじんまりした庶民的なレストランがあり、地元の魚を食べアソーレスのワインを飲んで、つかの間至福の時を過ごしました。