なぜヒトは旅をするのか

 榎本知郎「なぜヒトは旅をするのか」化学同人・同人選書
 
 非常に魅力的なタイトルに惹かれて読みました。「ヒト」ですから、生物学、人類学上の「人間」ということです。この本の問題提起自体が非常に面白かった。霊長類の中で旅をするのはヒトだけであること。ここで旅の定義は、自分の属する集団の生活圏を出て「よその集団」の生活圏へ行き、再び自分の属する集団の生活圏へ戻ってくる行動とされています。これが可能になるためには「よその集団」から敵として攻撃を受けない、あるいは場合によっては宿泊、食料の便宜を受けることが必要です。敵対的でもなく親和的でもない中立的な関係、著者はこれを「許容関係」と言っていますが、このような許容のあり方がヒトに特徴的であるという考えです。

 この考えがその専門領域でどこまで支持されているのか、私は門外漢なので分かりません。「よその集団」の生活圏に入った場合には敵と見なされることが多いのではと想像してしまいます。特に食糧の確保が必ずしも十分でないような環境では。この本だけでは必ずしも精密な論考にはなっていない気がしますが、それでもこういう視点で考えられるというのが新鮮でした。

 実は最初に手に取ったとき、人間の心情に関わる話かと思ったのですが、その意味では少しはぐらかされた感もあります。
 それでも、旅をすることがヒトに埋め込まれた遺伝子の欲求なのであれば、それに従って旅に出ることにしようかとほのかに考えます。